長田高校/神撫会東京の広場

兵庫県立第三神戸中学・長田高校OB・OG会
神撫会東京支部について
「Face To Face」:OB紹介(バックナンバー一覧)
神撫会東京支部へのご登録
神撫会東京支部 Topへもどる
リンク
創立100周年記念 東京支部企画
兵庫県が「出会い」をサポート
SEARCH
<< 「Face to Face」番外編 「行きあたり、バッチリ!」 | main | Face To Face NO.33 「人生はおもしろい」 >>
Face To Face NO.32 「人生の流れには逆らわない。流されながら、自分のできる精一杯のことをする」 
 33回生 南山えり

 飛松中学校
 高3の1学期より桜蔭高等学校へ転校

 お茶の水女子大学理学部
 お茶の水女子大学大学院理学研究科修士課程修了

 (写真:ご本人提供)

 

―日本ファンタジーノベル大賞―

 現在、南山さんは徳島県在住。ご両親と一緒に暮らしながら学習塾を営んでいる。「先生、こんにちは〜」。小学生から高校生までの年齢の違う生徒たちが、三々五々、自由に出入りしては勉強していく。月に何度来ても同じ月謝だ。南山さんは五教科全てを教えている。

 そして、もう一つの顔が三國青葉というペンネームを持つ「小説家」。新潮社の日本ファンタジーノベル大賞優秀賞を2012年に受賞した。審査員の椎名誠さんが一番に推薦してくれたのが嬉しかった。小説の投稿を始めて11年目のことだ。

 日本ファンタジーノベル大賞授賞式

 前列中央が南山さん
 

―文学少女ー

 南山さんは、もちろん子ども時代からの文学少女だが、のめり込んでいたものは「昆虫図鑑」「サイボーグ009」「仮面の忍者赤影」「ブラックジャック」と意外にも男の子っぽい。
 

 「私は一人っ子だったので、よく一人で『演じて』遊んでいました。椅子を組み合わせてクレヨンで操作盤を作ったマシンを操縦したり、忍者になりきったり」。「サイボーグ009」では0010(ゼロゼロテン)を、「忍者赤影」ではメインキャラクターである赤影・青影・白影以外に、黄影を自分の頭の中で作りだし、一人で新しいストーリーを作っては楽しんだ。

 中学生になると星新一のショートショートにはまり、自分でも短い物語や詩を書くようになる。やがて大学ではSFにのめり込み、SF研の同人誌に投稿。その同人誌の記念誌に掲載されていた南山さんの文章を読んだ、SF評論家の巽孝之先生に「プロでもやれると思うから書きなさい」との言葉をいただいたことが「小説家」への第一歩だった。

 「私は関西人なので、基本的に『ウケル』のが嬉しくてしょうがない。小説の中でも、『なんとか笑いをとりたい』とついついがんばってしまいます(笑)」。受賞作でも「あちこちに笑いがちりばめられている」と評価された。
 

ープール―

 南山さんが長田に在籍していたのは高校2年生まで。父の転勤で東京に転居し、東京では女子校である桜高校に通った。
 

 「長田での思い出は、なんといっても体育」。小さいころから体が弱く体力もなかった南山さんにとって、長田名物の体育はきつかった。水泳の授業では、あまりに大変そうな南山さんを見かねて、通称「たなじい」の田中先生が「南山、もうあがれ」と、声をかけてくれた。「まだ25メートルが5本も残っていたのに。本数をおまけしてもらったのは私ぐらいでは?(笑)」

 忘れられないのは高2のある日のこと。朝、登校するとプールの水が足首ほどしかない。「やった〜!これで水泳は休みだ。水抜いたやつ、偉いよな〜」とみんなが狂喜乱舞したのもつかの間、体育の授業は炎天下の下、神撫台グラウンドを一時間走ることに。「誰やほんま、水抜いたヤツ」。かくしてヒーローの名声はあっという間に地に落ちた。
 

「プールの水を満タンにするのに、水道代が7万もかかるんや。ええか、2度とするな」。
 

 「犯人捜しをしても絶対にだれも名乗り出ない。でも、また水を抜かれては困る。うまい方法でした。『やられた』。たぶん、あの時は全員がそう思ったでしょう」。
 

 体育は大変だったけど、自由で楽しかった長田高校。女性としてどう生きるべきかを考えるきっかけを与えてくれた桜蔭高校。両方とも南山さんの「大切な母校」だ。
 

―長田のえにし 「浅田先生と三浦クン」―

 松葉づえの古典の先生、浅田修一先生。担任していただいたわけではないが、心に残る先生だった。ある日、先生が亡くなられていたことを知る。ネットで検索して先生の著書「神戸最後の名画館」を探し出した。その著書の中で「Mくんと映画を観に行った」という記述とMくんの姿を描いたスケッチを発見。「あっ、これは長田高校時代に同級生だった三浦くんだ」と気付いた。大学で宇宙物理学を学んだ三浦君。現在では武蔵野美術大学で教授を務め、宇宙を科学的な数式計算に基づいてコンピューターグラフィックで描いていると知り、宇宙物の小説について相談に乗ってもらった。
 

 「『南山って、高校の時から変だったけど、今もそんなことやってんだ』って三浦君は思ったかもしれないけど(笑)、いろいろと、必要な資料や理論についても教えてくれました」(近いうちに、ぜひ三浦教授にもインタビューしてみたいものです:記者)

―流れ

 同居中の父は88歳、母は80歳。自転車で数分のところには生涯独身だった叔母。一人っ子だった南山さんは、三人を見守りながら、両親の姿に自分の未来の姿も重ねている。モットーは「人生の流れには逆らわず、流されながらも自分のできる精一杯のことをする」。父の転勤に伴い、小学校で4回、中学校で2回、高校で一回転校した南山さんならではのモットーかもしれない。
 

「今は小説を書いている時が一番幸せ」と、南山さん。10年後も小説を書いていたい。自分の書いたものでだれかが楽しくなってくれたら最高!今日も、徳島で次作に向けて小説のプロットを考える南山さんだ。
(取材・文 田中直美  写真:本人提供  2014年1月
 

受賞作品「かおばな憑依帖」
http://www.shinchosha.co.jp/shinkan/nami/shoseki/333081.html
 

新潮文庫nexより2014年11月刊行
「かおばな剣士妖夏伝 人の恋路を邪魔する怨霊」(「かおばな憑依帖」の改題・改稿)
http://www.shinchosha.co.jp/book/180016/

「Face to Face」今までの記事一覧へ
 http://nagata-tokyo.jugem.jp/?eid=54

■■■

編集後記

 今回は、南山さんが徳島在住ということもあり、初めての電話取材です。直接、お顔をみてお話を伺えなかったのは残念でしたが、転校後も長田高校への強い想いを抱いてい下さっている南山さんに、嬉しくなりました。


 
| comments(0)|









url: http://nagata-tokyo.jugem.jp/trackback/99