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Face To Face No.18「継続の重さ」
29回生 平井興宣
歌敷山中学卒業

京都大学 法学部

昭和58年 警察庁入庁
警視庁警備部長








―名前―
 「興宣」と書いて「おきのぶ」と読む。名前の由来は知らない。男ばかり3人兄弟の長男に生まれた。両親ともに、20年ほど前に逝ってしまった。もっといろんな話をしておきたかったと後悔している。

 「世の中のためになることを興し、それを宣(つた)えるよ
うな人になれ」。ひょっとしたらそんな願いが込められていたのかもとも思う。

 ヨットに夢中だった大学時代を終え、「できれば何か公的な仕事がしたい」と考え始めていた平井さん。いくつか訪問した省庁の中で、「現場で人々の声を直に感じることができ、しかも国民の生活を守るための施策策定など、広い視野からの仕事もできる」との説明に、興味を覚えたのが警察庁だった。

 昭和58年に入庁。広報室
、薬物銃器対策課、高知、福島など各県の警察本部長を歴任の後、この秋、警視庁警備部長として東京に帰って来た。


体育会ヨット部の活動にあけくれた大学時代。活動の場は琵琶湖だった。一番右が平井さん。
琵琶湖を周航しながら野宿したこともある。マキを集めるのが仕事だったが、ひょっとしたら「ゴミではない」薪を拾った?こともあるかも、といたずらっぽく笑った。


―インドー
 振り返れば、外務省に出向してインド大使館に勤務した3年間は大きな転機であったと思う。妻と、六歳、三歳の娘たちを帯同することに迷いはなかった。怖かったのは蚊が媒体となって感染するマラリアやデング熱。日本から大量の蚊取り線香や虫よけを持参した

 「僕は長田時代も英語が苦手でしてね。よくインド英語は大変って言われますが、私にとってはインド英語もクイーンズイングリッシュも同じでしたね(笑) おしゃべりなインド人は、何度でも同じことを言ってくれるのがありがたかったです。しばらくすると聞き取れるようになりました」
 
 「警察庁は、一見国内専門の役所のようですが、実は、薬物や国際テロ等の問題で海外の治安機関との関係も深いのです。日本の状況を的確に見るためにも外からの視点は必要であり、インドでの勤務は、その後の仕事の範囲や視野の広がりを大きく変えました」

 病気あり、トラブルありのハプニング続きのインドでの生活だったが、家族は皆たくましくなり、絆も強まった。何か失敗をしても絶対にあやまらないのがインド人。間違いを指摘されると手をひらひらさせて「ノー・プロブレム!」。最初はむっとしたが、そのうちに慣れた。厳格なだけではない、ある時はアバウトな今の自分は、インド駐在の影響かもと笑う平井さんだ。


 インドの東の果て「カジランガ自然保護区」への家族旅行。丈が2メートルにもなる草原の中を象に乗って一角のインドサイを見に行った。当時はカメラマンは平井さんのみで、残念ながら平井一家の写真はない。飛行機とタクシーでの移動で、なんとタクシーには8時間も乗っていたそうだ。



―継続の重さー
 平井さんは、毎朝5時半に起きる。そして、小石川植物園、東京大学、不忍池、根津神社と回るとおよそ10キロ。週に3,4回は走る。「子どもの時は、飽きっぽくて落ち着きのないヤツだったんです」。長田のバスケも同輩がやめたことをきっかけに辞めてしまった。だが、大学時代にヨットにのめり込んで以来、職場での柔道・剣道、休日のテニス、登山と体を動かし続けている。

 「現在55歳ですが、この年齢になって知ったことは、継続の大切さ、重要さです。簡単なことでもずっと続けるのはほんとうに難しい。でも、逆に続けて行くと、きわめて大きな力や成果になります。これからも『継続』の重さを感じながら生きていきたいと思っています」

 だれもが「できれば警察のお世話にはなりたくない」と考えている。でも、いざという時に、私たちが電話するのも110番だ。

 オレオレ詐欺、サイバー犯罪、テロ、交通事故、災害。日々様々な事件や事故が発生し、人々を不幸にする。本当は、こんな事件や事故は起こらないのが一番だ。だが起きてしまう。人の世の性(さが)だ。
 警備部の仕事は、平穏な生活や平穏な社会が平穏なままであるように全力を尽くすこと。首都を守り、全国の警察を支援する。

「普通の人が普通に安心して生活できることを守る」それが使命と考え、今日も勤務に就く平井さんだ。

(取材・文・写真 田中直美 2013年12月2日)


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