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Face To Face No.15「人生はなんとかなるーどっしりと構えようー」

33回生 西馬正寿(ただし)
神出中学卒
体操部
ANA
B777機長

 
 




 その日操縦桿を握る者が、飛行機の最終外部点検をする。前輪や
直径4メートルものジェットエンジンカウル(空気取り入れ口の外枠)に触れ「今日も頑張ってくれよ」と西馬さんは心の中で祈る。

―パイロットへの長い道―
 西馬さんがパイロットにあこがれたきっかけは、伊丹空港への遠足でジャンボ機を間近で見たことだが、「やっぱりパイロットしかない」と決めたのは高校2年生の時だった。

 当時、パイロットになるためには運輸省航空大学校を卒業することが唯一の道。物理・数学・英語の一次試験。最難関の身体検査が二次試験。宮崎にある本校での航空適性検査が三次試験だった。

 高三の秋の受験では一次試験であえなく玉砕。引っ越し屋のアルバイトをしながら、東京中野にある航空大学校受験専門の予備校に通い2度目の受験。1600名から120名ほどまでに絞り込まれた二次試験にパスした西馬さんは、「三次試験の出来栄えは決して悪くなかったので合格する気でいました」が、結果は不合格。「120数名のうち、三次試験合格は108名でしたから、この不合格はこたえました」

 受験資格に年齢制限のあった当時、これが最後のチャンスとなる三度目の受験には、宅浪で自学自習に励んだ。親に負担をかけたくなかったからだ。「前年の最終試験での不合格の後遺症は大きく、なかなか勉強に集中できず、兄貴の部屋から文庫本を借りてきてはベットに横になって読書に浸るような日々であったと記憶しています」。
 さて、迎えた一次試験当日。時間に余裕をもって自宅を出たにもかかわらず、明石駅に向かうバスを降りる段になって財布を忘れたことに気付いた。運転手さんは「今度でいいから、試験をがんばっておいで」と励ましてくれ、明石駅の交番のおまわりさんに夢中でお願いしてお金を貸してもらい、試験開始には間に合ったものの結果は惨憺たるものだった。航空大学校への道を閉ざされた西馬さんは、あわてて他大学の受験を準備したが、物理・数学・英語以外の勉強は全く準備していなかったため、国公立の試験に間に合うはずもなく「はずかしながら三浪が決まってしまったわけです」

 翌年、北大に進学した西馬さんは再び器械体操部に入り、北の大地で青春を謳歌していた。そんな西馬さんが、大学3年生の時に人生最大のターニングポイントが訪れる。大学の廊下に「運輸省航空大学校入試案内」の張り紙を見つけたのだ。受験資格が変更になり、西馬さんの年齢でも受験できるようになっていた。「多分、瞬間的に受験を決意したと思います」

 宮崎で行われる最終の三次試験会場への交通費がどうしても捻出できず、実家で「実は・・」と話を切りだすも、母はがんとして反対。だがその時、普段は口数の少ない父が「本当にやりたいのなら正寿のやりたいようにやらせてみたら」と言ってくれた。

 こうして三次試験にも合格した西馬さんは、北大を3年生で中退し、念願だったパイロットになる道を進み始める。
最初の2年は、社のポリシーにより、他職種研修で旅客係員を経験。その後、プロペラ機による応用訓練、B767の実用機過程をへて、1992年に副操縦士に昇格した。
今は亡き航空小説家でもあった内田基樹さんは、西馬さんの機種移行訓練の実機教官だったが、訓練に合格した夜、「君が乗っている飛行機なら安心して家族を乗せられるよ」と言葉をかけてくれた。涙が溢れて止まらなかった西馬さんだ。

―病を乗り越えてー 
 37歳で機長になった西馬さんは、やがて他パイロットの査察業務も担うようになる。2年ほどまえのことだ。通常は欧州なら欧州、米国なら米国と地域をある程度区切って運航するところを、西へ東へと査察のために同乗する日々が続いた。体内時計が狂ったのか、全く眠れなくなり体がだるい。産業医は肝臓を疑ったが悪いところはなかった。そんなある日、ふとネットの中で、自分の症状が「うつ病」に似ていることに気付く。「まさか自分がうつ病になるとは思っていませんでした。最もそういうものから遠い所にいると思っていたのです」。

 だが、紹介してもらった精神科医の診断は「中程度のうつ病。最低半年の休養が必要」とのことだった。がっくりとショックを受けた帰宅途上、あの東日本大震災が起こる。自宅でテレビからの悲惨な映像を前にますます気分が滅入っていった。気付いたら、一ケ月の間、一度も家から出なかったこともある。
 一年以上もそんな日々が続いた頃、かかりつけの精神科医が体調を崩し転院を余儀なくされ、その移行手続きのため外出が続いた。外に出ることで少しエンジンがかかったような感触があったが、そんな時に自宅のクーラーが故障。猛暑の中、二日半かけて汗だくになりながらクーラーを分解し組み立て見事修理し終わった時、「自分の中で、今までつながっていなかった頭と体と心の回路が突然また機能しはじめたと、はっきり自覚しました」
 その後、体調は順調に回復。復帰訓練を経て、この夏、国土交通省航空局の機長認定審査に再び合格した。

―長田体操部の後輩―
 「僕を支えてくれた妻には感謝、感謝です」
実は、奥様は長田高校体操部時代の2年後輩だ。長田時代、少しだけ交際したが、その後、浪人中も北大時代も年に数回手紙をやりとりしたり電話したりする程度の付き合い。「あの時代、僕たちは純情でしたね(笑)」
 闘病中、「寝たきり」のような状態にあったこともある西馬さんを、いつもと変わらぬ態度で支え、食事に気を配り、一度も喧嘩することもなかったと言う。

 「今回の経験を通じて、僕は『人生はなんとかなるさ』と、どっしりと構えるようになりました」

これからの人生に望むことは「定年まで無事に乗務を続けること」。「今、最も大切にしているものは?」の質問には「妻」と答えてくれた西馬さんでした。
((取材・文・写真 田中直美 2013年9月10日)
副機長になった記念写真
奥様の35回生佐奈恵さんと
長女 友希恵ちゃん


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| comments(8)|
Sugayo Ui (2016/03/19 2:37 PM)
お人の心がよくわかる方だなあ、と思っておりましたが、ガッテンいたしました。勇気と希望をいただくお話。奥様との絆にも感動いたしました。ありがとうございます
川村 幸子 (2013/09/14 10:15 AM)
高校時代モテモテだった噂を聞いていましたし、
神撫会東京支部の司会をされた時、颯爽としたお姿でしたので、
パイロットになるまでにそんなにご苦労されていたとはビックリです。
そう言えば、私たち32回生が担当幹事で、33回生の次期担当幹事を探さなければいけないのに振られ続けて困っていた時、
西馬さんの方から名乗り出て下さって本当に嬉しかった事を思い出しました。
ご苦労されてきたからこその有難いお申し出だったのかと思います。
うつ病もそのようなご苦労の経験があったから克服できたのかもしれませんね。
もちろん素敵な奥様のお力が一番ですけどね!!
Yoko Oshiman (2013/09/12 5:11 PM)
回り道や病を乗り越えられての「人生はなんとかなる」という言葉がずっしり響きました。回復の象徴としてのクーラー修理のエピソードがとても心に残ります。
クーラーは西馬さんご自身を象徴しているようにも感じられ、ご自身がご自身の手で自らの回路をつなげ直され、見事に復活を果たされたことを表しているようで、じーんと胸が熱くなりました。
西馬 正寿 (2013/09/11 9:30 PM)
長房さん始めコメントいただいた皆さん、暖かいコメントをありがとうございます。田中さんの編集により何だかちょっと内容がグレードアップしてしまったかも知れません。
復帰審査が終わって既に何度かのステイもあり、休職以前と変わらぬ忙しい生活が帰って来ました。今後は自分の身体を大事にしながら、妻や娘たちをさらに大事にしながら、今後もパイロット人生を邁進していきたいと思います。
長房靖之 (2013/09/11 5:47 PM)
馬君ファミリーの弥栄を心より願うひとりです。また東京でお会いしましょう(・∀・)。
島谷広昭 (2013/09/11 1:34 PM)
ご本人も奥さんも、よく存じております。
うつ病のこともこの前お聞きしました。あの明るい奥さんの支えがあって回復されたのでしょう。
西馬君の乗る飛行機に乗りたいものです。
F・T (2013/09/11 10:34 AM)
西馬さんのお話ほろりとさせられました。
総会で司会をされた時の、素敵なパイロット帽子姿を覚えています。
人生、山あり谷あり。お元気になられて何よりです!
Mamoru (2013/09/11 10:09 AM)
奥さんとは同級生ですが、素晴らしいご主人、暖かいご家族を持って幸せですね。奥さんの笑顔(^o^)が西馬家を支えているのでしょう。写真の赤ちゃんも、綺麗で魅力的な女性になりましたし。
読んでいて、少し泣きそうになりました。(^^;









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