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Face To Face No.13「自分への闘争心」
 高38回生 昆野亮子(こんのりょうこ)
高倉中学卒業
音楽部(ソプラノでした)
 
「高校三年生」「リンゴの唄」「青い山脈」・・そして校歌。2013年6月8日、渋谷東武ホテルでの神撫会東京支部総会で、ヴァイオリン演奏をして下さったのが昆野亮子さんだ。「『来年の総会では、なだそうそうの演奏を』と三中の大先輩にリクエストいただいてしまいました。そんな風にお声をかけていただけたのもヴァイオリンのおかげですね」

 
総会で演奏中の昆野さん
―ヴァイオリン―
 小5の時、母が定期購読していた「婦人の友」でバングラディッシュの子どもの写真を見て「医者になる!」と決意。やたらと偉人伝を読むのが好きな子供だった。感銘を受けるのはニュートンなどの発明家ではなく、なぜかシュバイツアーやナイチンゲール。「でも、高校で物理につまずき、血の臭いに弱いことにも気付き、あっさりと断念(笑)やっぱり私には音楽でしょ!」
 年の離れた姉が大学のオケでヴァイオリンを再開したのを聴き「自分もやりたい!」と始めたレッスン。お母さんが障害者施設や老人福祉施設で、シーツ交換や話し相手のヴォランティアをされていたこともあり、学生時代にクリスマス会や七夕会などでヴァイオリンを演奏したのが昆野さんのヴォランティア演奏のスタートだそうだ。

―ヴォランティアー
 現在は埼玉県の「アーティスト・ヴォランティア」に登録し、デイケア施設、老人ホーム、病院などで定期的に演奏しているが、昆野さんには演奏スタイルに二つのこだわりがある。

 一つは「暗譜で弾く」ということ。「出来るだけ、聴衆の方を見て演奏したい。最低限、暗譜するほど練習して自分のものにしたものでなければ人前での披露なんてできないと思っています」。そしてもう一つは「基本的に、ピアノ伴奏などもなしで一人で訪問、演奏する」こと。プログラムの設定には自分なりの工夫を凝らしているが、聴衆の反応を見ながらそれを瞬時に変更したり、一緒に歌いやすいように移調して演奏したり、臨機応変に対応できるのも一人だからこそ。「目がきらきらしているおじいさんを見つけたら『同じジャンルのものをもう一曲増やしちゃえ!』とかね(笑)」

 ある病院の緩和ケア病棟では、症状の重い患者さんが「どうしても聴きたいから」と足を運んでくださり、30分間ずっと涙を拭いながら耳をすましてくれていた。「いつもなら、とても30分は無理なんですよ」と看護師さんがそっと耳打ちしてくれる。

 認知症の患者さんの施設では「うるさい!」とか、MCの最中に「いいから早く弾いて!」などの声が飛ぶこともある。自分にとっては結構キツイ状況。でも、そんな時も静かに聴いてくれている人を見つけ、その人のために「何を弾いたら喜んでくれるかな?」と考える。

 「これはどこの施設でも該当することなのですが、他のことは長時間続けられない方も、演奏の間は身じろぎもしないで聴き入ってくださる・・・これには私自身が毎回感動しています」
老人ホームで演奏中の昆野さん

―音の仲介役―
 人生のターニングポイントはありましたか?「そうですね・・。いつも『私は私』で変わらないと思いますが、あえてあげれば青年海外協力隊でドミニカに派遣されたことかな・・?」

 大学卒業後、塾講師として就職していたが、新聞の募集広告を見て「おもわず」応募して合格。人生であんなに勉強したことない、と思うほどがんばった三カ月間のスペイン語研修を経て、ドミニカ共和国国立初等科音楽学校のヴァイオリンと弦楽アンサンブルの指導者として海を渡った。日本全国から看護師、獣医、コンピューターのSE,美容師など様々なスペシャリストが参加していたが、その中に航海術のスペシャリストもいた。「へえ〜、世の中にはそんなスペシャリストもいるんだ」と思ったその人が夫となった。

 派遣中に阪神大震災が起こる。須磨にある実家の母とは、震災後三日目にやっと連絡がとれた。「私は大丈夫」と、さっそく被災者の方々のお世話をしていた母。数年前に父が脳梗塞で倒れ、今は介護の日々をお送る母だが、現在もボランティアを楽しみながら続けている。
 最近、自分もそんな母に似てきたのかなと思う。おせっかいにはなりたくないけど、自分が嬉しいことをして、人も喜んでくれたら嬉しい。「音」という素晴らしいものを届ける「仲介役」になりたい

―家族―
 ヴォランティア以外に、仕事として小学校の音楽専科のアシスタントと公文のスタッフを勤める昆野さん。「子どもが『分かった!』と目をきらきらさせるのを見るのが大好き。学校では、先生は厳しいので私は甘いアシスタント、公文では、他のスタッフが優しいので私は厳しい態度をと使い分けてます。でも、子どもたちはそんな私を面白がってくれてるみたいですね」

 家族は、調理師を目指してがんばっている高校生の娘と、一年前に転職して「海上技術学校」の教官になり千葉の館山に単身赴任中の夫の三人。「小さなことにでも『ありがとう』の言葉を言ってくれる家族です。その『ありがとう』の言葉がなにより嬉しいです」

 娘が大学に進学したら、夫の側に行きたい。仕事やヴォランティアの場所を、またいちから探すのは大変じゃないですか?の質問に「ヴァイオリン一つ担いで行けばどこででも演奏出来ますから。自信はあります」と答えてくれた昆野さん。「他者との競争心はないですが、自分への闘争心はあります」。今は、夫と「教育」について共に話す時間も楽しいと教えてくれた。
(取材・文・写真 田中直美 2013年7月8日)


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| comments(4)|
昆野亮子 (2013/07/09 10:56 PM)
卒業生TF様

ご感想をお寄せくださり感謝申し上げます。
また〔福音〕という大変光栄なお言葉を頂戴し、気恥ずかしく感じつつも嬉しい限りです。

今後もそう感じて頂ける限りお届け出来ますよう、楽器の精進はもとより健康管理にも留意したいと存じます。
卒業生TF (2013/07/09 9:50 AM)
読み終わった感想は「ここに人生あり」の思いです。これからも卒業生そして周辺の方に福音を
とどけてください。
昆野亮子 (2013/07/08 11:19 PM)
内藤悦子様

早速のコメント、ありがとうございます。
今の活動に関しては、「自分自身が好きでやっていること」によって人様にも喜んで頂ける…という良い循環になっていると思います。
可能な限り続けていきたい、又その為に精進し続けたいですね。

こちらこそ、「内藤先輩」にお目にかかりご一緒に歌えれば、と存じます。
内藤悦子 (2013/07/08 10:54 PM)
私も音楽部でした。(ソプラノ)

いい活動をなさっていますね。

いつかお目にかかるのを楽しみにしています。











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