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Face To Face No.7「まず受け入れる。なんとかなる。きっとよくなる」
 30回生 大前考一
陸上競技部
垂水中学卒業
グローベル合同会社
代表社員






ー「あんた呑気やなあ」−
 長田卒業後の大前さんの人生をただ文字にして説明すれば、ひょっとしたら人はそれを「波乱万丈」と感じるかもしれない。

 だが、大前さんが32歳の時に、5年間の闘病生活の後亡くなったお母さんが、「あんた呑気やなあ」とよく言っていたように、それらの出来事は、大前さんにとっては「いつも淡々と冷静に受け入れ、この起こってしまったことにどう対応しようかと考えて行動してきただけ」とのこと。

 住んでいたアパートが火事になった時も、イギリスで、空港に向かう途中のおみやげショッピングの最中にレンタカーがレッカー車に引っ張られてしまった時も、インターネット事業の移管中に基幹サーバーが止まってしまった時も、それは変わらない。

ー紆余曲折ー
 一浪後の共通一次テストの成績は、自分でも驚くほど良かったのに、まさかの志望校不合格。この時が「人生で一番の落ち込み」で全身に原因不明のアレルギー性じんましんが出たと言う。だが、ダメかと思ったTOEFLが留学条件を満たし、アメリカの大学に留学。院に進みたかったが、母が吐血したため帰国。院までの「つなぎに」と働いた英語学校で、仕事仲間だった女性と結婚。母の他界直後に離婚した。
 「その時は、さすがに運命とか人生についていろいろ考えたけど、それでも仕事を一生懸命こなしているうちに忘れてしまいました(笑)」その後、英語学校では教材開発に関わり「自分にも本が書ける」と嬉しかった。

 38歳で、インターネットサービスプロバイダに転職。だが、転職直後に社長が亡くなり、インターネットバブルのまっただなか、事業は2度売却され、事業譲渡を経験した。その後転職した自己啓発教育会社では、顧客サポートセンターの新設を任せてもらい、新しい制度・組織を残すことができた。その頃、ネットの暗号化技術のベンチャー企業の社長と出会い、社長に請われて、シンガポールで政府主催のビジネスショーにて英語で講演、大臣にも直接技術説明をして大きな自信を得たが、またも社長急逝のため事業は解散してしまった。

 現在は独立して、得意の英語と顧客対応のノウハウで、個別に海外ビジネス支援事業を行いながら、翻訳や通訳の仕事も請け負っている。人から頼みごとをされた時、自分のしたことが形になった時、そのことで人に喜んでもらったり、良かったと言われたときに、仕事のやりがいや喜びを感じると言う。

ー陸上競技部ー
 長田時代は陸上部のキャプテンを務め、3年生の11月まで引退せずに駅伝に出場した(一浪覚悟)。「練習後の部員同士のマッサージは猿のグルーミングのようでした(笑)」。陸上部時代に鍛えた体力は、自分への自信につながっていると言う。顧問だった谷川あぐり先生とは今も交流があり、3年生の夏休みに交通事故で亡くなった、級友でもあり陸上仲間でもあった川戸くんのご両親とは、今も連絡をとり、神撫台グランド横の墓にお参りをする。

ーお幸せに!−
 今年は、20歳年下のバレリーナの彼女と入籍予定だ。「しっかりしているのに頼ってくれることが嬉しい」と大前さん。彼女の「理想のバレエスクールを作る」という夢も叶えてあげたいと思う。

 自宅マンションからはスカイツリーと隅田川の花火大会が見える。曳舟に暮らして10年。この地が好きだ。朝、コーヒーとトーストの香り嗅いだ時、ベットルームに朝日が差し込む時、ワンコを抱きしめた時。幸せを感じる瞬間はたくさんある。独立して、自宅が仕事場でもある今は、時間を自由に使えて「人生の夏休み」のようだと感じる。

 30回生の仲間たちが羨望する美しい彼女に、大前さんのどこに惹かれますか?と聞いてみた。「優しいところ。頼んだらなんでもしてくれるところ。何でもできるところ。」

 どうそ、お幸せに!
(取材・文・写真 田中直美 2013年2月19日)

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| comments(2)|
大前 (2013/02/21 10:10 AM)
中野さん、コメントありがとうございます。

誰の人生も波乱があり一筋縄ではいかないと思います。

人生の目的は多説ありますが、自分が今思うのは、自分の魂を成長させ、器を広げ、なりたい自分になること。それはある意味、人を傷つけることをやめ、許し感謝し慈しみ愛し認め、人に喜ばれて自分がやりたいことをやること。

亡くなった母親や友人、仕事の師匠も、自分の人生に必然の存在でした。

人生まだまだ。これから百花も千花も咲かせましょう!

でも遣り残したって平気。またの人生もあると思ってますから。

会いましょうね、また、どこででも!
中野@体操部 (2013/02/20 7:46 PM)
波乱万丈な人生だったんだね。知らなかった。

でも今は、幸せ一杯だからよかったね。

お母さまもきっと、天国で安心していると思いますよ。

また神戸か東京で会いましょう!