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「Face To Face」NO.93「遊びこそ最高の学び」


 高51回生 山本晋也

 ひらの中学卒

 神戸大学工学部情報知能工学科

 リクルート

 株式会社レセオ 代表取締役

 神戸大学客員准教授

 

 山本さんは、長田生にはかなり珍しい「破天荒型」だ。だが、そのヤンキーな長田生は、卒業後20年経った今年、乞われて長田の現役2年生320名を前に講演をするほどの大人になった。令和元年の今年、今までの「自分中心」の人生から「世界の中で役に立つ自分」を目指して大きく舵を切った山本さん。そんな山本さんにお話を伺ってきました。

 

 

長田高校で講演した時に、現校長、中村先生と。

なんと、中村先生は高校2年生の時の担任の先生!

「お前が、まさかこんなに成長するとは!」と大いに驚き喜んだ中村先生。

 

―長田のヤンキー―

 茶髪にピアスでバンド。禁止されているアルバイトを鶏肉店で。稼いだお金でバイク。厳しい母にはもちろん猛反対された。「校則でバイクは禁止でしょ」「日本の法律では16歳でバイクに乗れるやん。法律と校則とどっちが上や?!」。

 

 が、派手な行動で、他校の生徒にバイクに乗っていることを「チクられ」早朝の校長室に父と共に呼び出される。「前代未聞で規定がない。ルールを作るまで自宅待機。他の生徒に悪影響を与えないよう、とりあえずは風邪で休んでいるということにしなさい」

 

 ところが、駅に向かう帰宅途上で次々と登校してくる級友に会う。「どないしたんや?」「え〜、いや、ちょっと風邪で」

 

 「どう考えてもおかしいですよね?風邪ひいた僕が父親と一緒に学校から駅への道を歩いてるなんて。でも、言霊ってあるんですかねえ。家に着いたとたんに本当に立ち上がれないほどの高熱が出たんです。卒業まではバイクには乗らないと母親とも約束し、免許は学校に預けました。

 

 2年生の二学期に、学年主任の千葉先生に「お前はこれからどうするんや?」と聞かれ「3年生になったら勉強モードに入って神戸大に行きます」と答えたところ「お前はな、入学試験では一番やったんや。かっこよく卒業したらどないや。受験をなめたらあかんぞ。3年からでは間に合わん」と諭される。

 

 「かっこいいことが大好きな俺は、その時から発奮しました。千葉先生の言葉が僕を大きく変えてくれたんです」。そうして現役で神戸大に合格。卒業式の日には千葉先生から免許を手渡されて泣いた。

 

ヤンキー時代の山本さん。どれか?なんて書かなくてもはっきり分かりますね!(笑)

 

―オーストラリアで考えるー

 だが、これで「破天荒」が終わったのかと思いきや、話は終わらない。山本さんの「破天荒」はまだまだ続く。

 

 大学一年生の時、たまたまラーメン店で隣に座ったおじさんのコップにお水を注いであげたことから話がはずみ、その時に「大学時代に海外に行っておけばよかったと思っている」とアドバイスされる。そうか!やっぱり海外か!と早速調べると一年間のワーキングホリデーで約200万円かかる。

 

 「おかん!やっぱり海外や!」「ええねえ。でも費用は自分でなんとかしなさいよ」

 

 夏休みに須磨の海でパラソルを貸すアルバイト、夕方からは塾の講師、夜はホスト。

だが、無理がたたって倒れる。「こんな自分の時間を切り売りするような働き方じゃだめだ」

と気づいた山本さん。

 

 そこから、自分の時間を切り売りする仕事だけではなく、仕組みや仕掛けによってお金を稼ぐという方法にチャレンジ。家庭教師登録代行ビジネス、ボーリング大会やBBQなどのイベント企画、服の販売などを行う。学生の未熟さゆえのトラブルも多かったが、持ち前のポジティブな姿勢でなんとか乗り越え、最終的に留学の資金を自力で貯めて渡豪した。

 

 「この一年間のワーキングホリデーで、『自分はこの先どうやって生きて行くのか?』ということを真剣に考えました。オーストラリアに来るまでは、神戸大学工学部の大学院に進学して大企業に研究室推薦で就職するというレールが敷かれていましたが、本当にそのレールは自分が歩みたい人生なのかと。そして考えた結果、『旅をするような自由な人生を送りたい。そのためには時間とお金をコントロールできればいい。そのためには自分で起業しようと。』」

 

 起業のなんたるかを学ぶにはリクルート社が良いと教えられ、オーストラリアからリクナビで登録。登録はできたものの会社説明会や面接に行かないといけないことを知り、急遽帰国し、就活に関するなんの予備知識もないままにリクルートを受験。

 

 「会場に行ってびっくりしましたね。僕以外は、みんな髪の毛も真っ黒にして、スーツをびしっと着てる。僕はといえば、髪の毛は茶髪で、着て行ったスーツは予備校講師時代の派手なスーツ。まー面接までには黒髪、黒スーツに合わせましたが(笑)」

 

 その年は、「超氷河期」といわれた就職難の時代だったが、SPIテストで偏差値トップをとって入社。鳴り物入りで入社したにもかかわらず、「アポ電を毎日100件かけろ!」の言葉に「命令され管理されるのは嫌!」とわずか半年で辞職。

 

 これからはやはりITの時代だと、ITベンチャー企業に就職する。「ここでは、僕は『修行』のつもりでITの基本技術を学びました」

 

 その後、2006年に25歳の時に「レセオ」を起業。まずは当時、はやり始めたブログを使って、各社の人事部が学生に向けて自ら発信するポータルサイトを立ち上げた。ある日、リクルートから連絡があり、その詳細とノウハウを尋ねられる。

 

「当時、ライブドアや村上ファンドなど、経済が浮足立っていた時代で、こりゃ、このシステムを買収に来たなと、勝手に感じました。ところが、その後なんの連絡もなく、リクルートの元同期から連絡があり、次のリクナビに人事ブログが標準装備されるというニュースを聞かされました。ビジネスの厳しさを思い知らされましたね。」

 

 その後は、HPのSEO対策(検索エンジンで上位にランキングされるための手法)に力を入れ、WEBマーケティングで安定して利益を上げられるように成長した。

 

 2011年からは、神戸大学からの依頼で「起業家精神育成ゼミナール」を発足。神戸大出身の若手起業家たちが学生を相手に、実務的な起業のノウハウを自ら考えだせるよう指導するためのゼミで、実際に多数の若手起業家を輩出。功績が認められ昨年からは神戸大学客員准教授となり、文部科学省が主導する国立大学からエッジ(際立った)人材を輩出するプログラム「エッジネクスト」プロジェクトの一部に組み込まれた。

 

―天才バンク―

 令和元年5月1日。山本さんは「天才バンク」を立ち上げる。

 

 「今、時代の流れは変わりました。もともと日本は三方良しの文化。古事記にもあるじゃないですか。天岩戸を開いたのは、八百万の神々がそれぞれの得意分野の知恵を絞って、問題を解決した。これからは、それぞれが持つ「天から授かった才能」を持ち寄って力を合わせて問題解決していくことがムーブメントになる。僕はそのプラットホームを作る。

人間、だれもが天から授かった才能をもった天才。その天才たちが自分の才能を持ち寄って協力して仕事をする。あとから気づいたのですが、実は、これは長田高校の初代校長、近藤英也さんが創った教育理念、「神撫教育」の2番目に書かれている内容そのままです。「知徳体」は有名ですが、「一芸一才」もなかなか深いですよ。長田高校の教育理念は本当に素晴らしいと思います。今から15年ほどかけて、この天才バンクを通じて、ベーシックインカムを創るくらいの社会的イノベーションを起こしていきます。僕には、その道がしっかり見えています」

 

 天才バンクがイノベーションを起こす分野として最初に選んだのが「教育」の分野。現在の教育分野の課題である、所得格差、地域格差など取っ払うために、民間でできることをはじめようとしたのが、「天才バンク寺子屋」。とは言っても、はやりの「無料学習アプリ」とはちょっと違う。「何かの天才」たちが、若者や子どもたちに向けて「自分の『天才』」を発見するための指南」をする教育プラットホームだ。開始半年、口コミのみですでに1000人以上の老若男女がオンライン上で集まっている。

 

 「これから本当に大きな変化が、日本、そして世界に訪れます。現在の常識は、未来の非常識かもしれない。自分の感覚を信じ、常識を疑うことを恐れず、自分の人生という物語の主人公になって、どうか自発的で楽しい「遊び」のある人生にして欲しい。是非天才バンクで一緒に遊びましょう。これが、長田高校在校生、卒業生みなさんに送るメッセージです。ありがとうございました。」

 

編集後記

 写真を見ていただいたらお分かりのように、山本さんはナカナカのイケメンです!「僕はしゃべることと未来を見通すことの天才」とのこと。26歳で結婚し、子どもは現在4歳と2歳。「少子化と人口減少で、日本の未来は暗いと世間は口を揃えて言うが、そんなことはない。少ない人口を受け入れて、その枠でうまく回る仕組みをつくればいい。発想を変えるだけ」。熱く語る山本さんの話を聞いていると、頭の固い記者も、「そうかも?」と思えてきた取材でした。(2020年1月 取材・文・写真 田中直美)

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