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「Face To Face」NO.87「世界が君を待っている」

 入学時59回生 卒業時60回生 

 村田英理子(旧姓 平木)

 歌敷山中学卒

 女子バレー部

 ICU大学

 日本製鉄

 

―高2での留学ー 

 その気持ちは忽然と湧いてきた。「すぐに留学したい!」。高校一年生の夏休み。5歳年上の大学生だった姉が、アメリカ留学するのを見送ったあとのことだ。帰宅するやいなや、その気持ちを両親に伝える。留学生の選抜試験のほとんどは春に終わっている。「なんで、今のこの時期にそんなこと言いだす??」と驚きながらも、さっそく情報を集めてくれた母(実はこの母も長田OB。いずれ、ご登場いただく予定の逸材です)。内閣府が運営する日本青少年育成協会の留学生試験が秋にあることを発見。受験した。

 

 村田さんはアメリカで生まれ、4歳まで現地の幼稚園に通っていた。その時は、バリバリのキッズ英語のネイティブスピーカーだったそうだが、帰国後全て忘却。日本人として、普通の公立中学で一から勉強をし直した。英語の面接では「お父さんはどんな人ですか?

」と尋ねられ、「He is a nice guy」としか答えられなかった村田さん。「私、こんなに英語がしゃべられへんのや!と再認識しました」と村田さん。それでも、選抜試験に落ちる気は全くしなかったというから逸材です。

 

 試験に無事合格。日本全国から25名選ばれ、高校二年生の夏休みに出発した。最初の一ヶ月はシアトルで合宿。その後、アメリカ全土のホームステイ先に散らばる。村田さんはカンザス州に向かった。

 

 「シアトルからユタに、三列シートのプロペラ機に更に乗り換えカンザスへ。降り立ったら、何もない草原が延々と続いている。その真っすぐな道を三時間車で走ってホームステイ先につきました」 人口数百人の小さな村で、村田さんは初めての日本人だった。

 

 「正直、『行けばなんとかなるでしょ』となめてかかってましたが、見事に打ちのめされました。人生で最初の挫折です」

 

 なんとかなったのは数学と美術の授業だけ。毎日、電子辞書を持ち歩いて必死だった。一ヶ月ほどたった頃、美術の授業で突然糸が切れ、涙が止まらなくなり大声で泣きわめいた村田さん。チリからのもう一人の留学生に「どうしたの?」と声をかけられたら、ますます涙が止まらなくなった。

 

 「でも、この時に何かがふっきれました。以後、電子辞書も持ち歩かなくなった。何も正しい英語を話さなくてもいいんだ、とやっと思えるようになったのです」

 

 「正直、一年間の留学では、自分らしさを発揮できるほどにはなれなかった。でも、だからこそ、絶対に国際舞台で、日本の代表として活躍していきたい」という強い目標を抱くようになりました」

 

―鉄ー

 高校三年生の二学期に帰国した村田さんは、担任の先生の勧めもあって、もう一度高校二年生の二学期からやり直す。そしてICUに進学した。

 

ICUは帰国子女が半分で、英語と日本語が入り乱れていました。その中で、改めて認識したのは、『自分は日本人として世界の舞台にたちたい』ということ。一時は外交官を目指した時期もありましたが、日本を誇れる企業で働こうと思いました」

 

 選んだのは鉄だった。「鉄は国家なり」ともいわれるほど、鉄は国を支える製品であることを知り、就職先として決めた。

 

 最初の配属は「厚板」と呼ばれる船や橋に使われる鉄板の製造管理。男性ばかりの職場に初めての若い女性。「最初はおじさんたちの間で完全に浮いていました。でも、いろいろノウハウを教えてもらいながら、扉を開けてもらえるようにそうっとノックする。少し開けてくれたら、もう少し開けてもらえるように努力する。半年ぐらいでドアが開き始めて、一年でしっかり開きました(笑)」

 

「鉄は生き物」と言われるほど、一生懸命立てた操業計画は毎日のように崩れた。理論よりも、人と人のハートの繋がりが助けになると実感した日々だった。

 

 製造管理を3年半弱務めたあと、海外営業に移る。自分で希望を出した異動だった。対象国はメキシコ・ロシア・ドイツ・デンマーク・韓国にアセアン諸国と数えきれない。100個前後のプロジェクトが常に同時進行していた。

 

 「現場で一生懸命作った厚板を、今度は売る立場になり、お客様にどのように喜ばれているのを知ることができました。だからこそ、工場の人のために、1トンでも多く注文をとりたい、と思いました」

 

―アスリートフードマイスターー

 大学時代に知り合い、結婚した夫はプロラクビー選手(村田毅、ジャパンラグビートップリーグ所属 日野レッドドルフィンズ主将)だ。今年の4月に4300g越えのビックベイビーの長男が生まれたばかり。だが、産休中でさえ、村田さんの活動は止まらない。サッカーや野球、ラグビーなどのトップアスリートの奥さんたちがフードマイスターという資格を持っていることを知った村田さんは、結婚後、2017年から自分も勉強を始める。

 

 「総合職をしながらプロ選手を支える奥さんは少ない中、仕事も家庭も中途半端にしたくないという思いから、短時間で効率よく質の良い食事をつくるためでした」。村田さんの作る食事で、旦那様の怪我もへり、パフォーマンスも上がったそうだ。

 

 長田高校野球部員のために行ったアスリートフードマイスターとしての講演が好評で、この夏は、高校の養護教諭向けに講演を行うという。

 

「私の場合は、留学したために2学年にまたがったので、人のご縁が二倍になりました。なんにもしていないでヘラヘラしている子が、実はめちゃくちゃ優秀・・そんな人たちの集団って、とても刺激的ですよね。長田では人生の財産のようになる、本当にかけがえのない友人・先生に出会います。今、この時を全力で楽しんで!」村田さんから現役長田生へのメッセージだ。(20197月 取材・写真・文 田中直美)

 

編集後記

 取材日程の調整に入った段階で、あと2週間後が予定日であることを明かしてくれた村田さん。「大き目なので少し早く生まれてくると思います」というご本人の予想通り、予定日より3日早く生まれたご長男ですが、私の予想をはるかに上回る4300g越えのビックベイビーでした。村田さんは、私の先輩でもある長田OBのお嬢さんですが、その先輩がアメリカ駐在の旦那様に帯同してアメリカへ行った時、「アメリカでの出産と子育てを経験したくなったので、三人目を産みました」と年賀状をいただいてびっくりした記憶があります。その時生まれた赤ちゃんが村田さんです。今回の取材で、その偶然を知り、ご縁の不思議を痛感しました。

 

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