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「Face To Face」NO.66「道は未知」

 高62回生 小倉加世子

 大山寺中学卒

 硬式テニス部

 北海道大学農学部

 北海道大学大学院農学部

 JFE エンジニアリング

 

―長田ー

 長田では硬式テニス部だった。中学では陸上部だったので全くの初心者。でも、仲間たちは優しく、中学で軟式テニスをしていた友人たちがおしげもなくコツを教えてくれた。初めてダブルスの試合で勝った時は、コートでついはしゃぎ過ぎて周りの選手が引いていたかも、と笑う。

 

 部活の帰り道も仲間と一緒。豚まんや串カツを買って腹ごしらえしてから塾に行く。自習室にも皆で最後まで残った。

 

 部活仲間とわいわい楽しい登下校の道も好きだったけれど、部活引退後、一人で歩く登下校の道も好きだった。同じ道を通るのは好きではなく、いろいろと新しいルートを開拓していた。なかでも好きだったのは、当時「猫道」と呼ばれていた細いくねくね道。ある日、工事が始まって通行止めの看板を見つけた時はがっかりしたっけ。

 

―北海道ー 

 北海道大学に進学したのは、中学・高校の修学旅行で行ったスキー旅行がきっかけ。北海道が大好きになったのだ。まずは「北海道大学」ありき。農学部を選んだのは、兼業農家を営んでいた祖父母の下で、小さい時から土に触れていたからかなと思う。

 

 北海道の雪が大好きだった。ふわふわさらさらしていて、地元の人は雪でも傘をささない。払えば簡単に頭から肩から落ちていく。どんなイルミネーションよりも綺麗だなと思う。

 

 専攻したのは土壌学。大学一年生の終わりに起きた東日本大震災をきっかけに「福島第一原発事故により放棄された農業流域における放射性セシウムの流出予測」を研究対象に選んだ。農業環境技術研究所との共同研究だ。

 

 土壌に付着してしまったセシウムの微粒子。どれぐらいの年月がたてば再び福島全体で農業ができるようになるのかを、さまざまな土壌サンプルから様々なパラメーターを使って分析していく。地道な計算が延々と続く。修士論文発表の前の二ヶ月は、部屋には寝に帰るだけの日々が続いた。

 

 研究は後輩に引き継がれ、今も福島の土壌の観察は続いている。

 

―社会人二年生ー

 一転して就職ではJFEエンジニアリングに入社。大学で研究してきたこととは全く関係のない分野に進んだ。

 

 「企業としては、福島のがれき処理や、野菜工場など関連のある事業もありますが、私は事務職として採用されているので、直接には全く関係はありません。農学部の出身者はそのまま食品会社などに就職する人が多いのですが、『このまま農業研究に人生を絞ってもいいのか?』という気持ちがありました。でも、またいつか資格試験を受験して農業研究員の道を目指してもいいなという気持ちも持っています」

 

 就職して一年目は経理だったが、2年目の今年は関連企業部に配属された。グループ会社の管理・再編をする部署、会社全体の経営方針に関わる。

 

 「私はここで、今までの自分の視野の狭さに気づきました。今までは、企業の公共性とか技術だけに目がいっていましたが、企業である限り収益のことを考えないわけにはいかないと、今更ながらに気付いたのです」

 

―言葉ー

 ある日、母がアルバムのページを繰りながら「あなたたちを育てるのは本当に楽しかった」とつぶやくのを聞いて小倉さんは驚いた。

 

 「私は三姉妹です。そして母は短大で教師をしており、ずっと働きながら私たちを育ててくれました。通勤には片道2時間もかかり、娘たちも、それぞれに反抗期もあり、母にとって子育てはどんなに大変だったろうと思っていたのに・・」

 

 小倉さんが通っていた小学校はスポーツが盛んで、冬には耐寒マラソンがあって半そで半ズボンで走った。玄関で「いやだな~」と思いながら靴を履いていると、母が「しんどいことも楽しんでやりなさい」と声をかけてくれた。

 

 小倉さんのモットーは、「ピンチはチャンス」だ。振り返れば、それはあの時の母の言葉にも通じているのかなと思う。「悩んでいる時こそよい道を選べるチャンス、そうポジティブに考えます」

 

―親友ー

 「私はとても人に恵まれていて感謝です」と小倉さん。大学でも、社会人になってからも尊敬できる素敵な人々にめぐまれた。中でも、保育園・小・中・高とずっと一緒だった幼友達二人は、大学は北海道・京都・大阪とバラバラになったが、今も一番のかけがえのない親友だ。

 

 「神戸を離れてから、頻繁に連絡をとるわけではありませんでした。でも大事な時にはいつも相談します。会うと『やっぱり大切な人』と感じます。みんながそれぞれの場所でがんばっている。その存在自身が大きいのです」

 

 その親友を含め、テニス部の仲間など、長田時代の仲間の存在は、小倉さんの中で本当に大きいと言う。「後輩たちにも、長田の繋がりを大切に」と伝えたいと思う。

 

 保育園で一緒だった、小倉さん、山下麻衣さん、八木裕理子さん

 

一緒に富士登山!左から山下さん、八木さん、小倉さん

 

―挑戦ー

 小倉さんは自然の中にいるのが大好きだ。現在の趣味は登山が高じた沢登り。そのためにボルタリングもするし、自転車にも乗る。撮り鉄だった父の影響か鉄道も大好き。

 

 「いろんなことに挑戦するのがとっても楽しい。だから仕事もいろんな分野に挑戦したい。まだまだ自分の道を一つには決められません」。社会に出て、まだ2年目の小倉さん。大人としての人生はスタートしたばかりだ。(201710月 取材・文・写真 田中直美)

 

沢登りする小倉さん。かっこいい!

 

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―編集後記―

 ゆっくりと言葉を選びながら静かに話をする小倉さんは、話を聴くときもまっすぐに相手の目をみつめ、「素直」に物事を吸収してきた人と記者には見えました。「人に恵まれた」のではなく「人を引き付ける」のではないかと思ったことです。外見の印象からはちょっと違うアクティブさも、長田女子!ですね。

 

 

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