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「Face To Face」NO.64「一期一会」

 高54回生 太田沙紀子

 西神中学

 茶華道部

 弘前大学医学部保健学科

 東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科

 東京医科歯科大学大学院保健衛生学研究科

 特任助教

―保健師ー 

 阪神大震災が起こった時、太田さんは小学生だった。彼女の家がある西神地区には多くの仮設住宅が立ち並び、そこで、看護師ではないけれど住民の間を回りながら丁寧に話を聴く女性を見かけ、その女性が「保健師」であることを家族に教えてもらった。

 

 それが「公衆衛生」に興味を持つきっかけとなり、大学卒業後は、日中は保健師として働きながら、夜は大学院に通い、修士・博士の研究に取り組んだ。

 

 保健師として、ケアが必要な高齢者を訪問しながら、「老いる」ということを概念ではなく肌身で感じた太田さん。

 

 「ちょっとしたことを役所に電話して確認する。書類を見て手続きする。医師に現況を説明する。医師の説明を理解する。若い人なら簡単にちゃちゃっとできることが、高齢者とって『非常に難しい』ことであるという現実。頭では理解していたはずなのに、実際に高齢者と接してその深刻さを深く再認識しました」

 

 そして、更に仕事を続けていく中で「人として幸せな最期とはどんなものなか?」と考えるようになる。

 

 「それまでの私は、キャリアを積み上げていく自分というものは頭に描いていましたが、キャリアを積み上げる時間を終えた後の20年、30年の人生というものは想像も出来ていませんでした。億ションに住んでいても『ずっと一人でいて寂しい』と言う人もあれば、長屋に住んでいても、私が訪問している一時間の間にさえ何人もの人が顔を出し、『あら、おばあちゃん、今日はいいねえ』とか『お料理、ちょっと持ってきたよ』とか声をかけてもらい、ニコニコと幸せそうな笑顔を浮かべている人もいました」

 

 そして思いを馳せたのは自分の祖父母だった。

 

「私にとって祖父母は、自分が子供の時に接していた、まだまだ若々しく元気な祖父母です。でも、自分が大人になって自分のことだけに精一杯になっている間に、自分の祖父母も実は『老いている』ということに改めて気づいたのです。ご老人たちは『寂しい』と訴えれば、若い人たちが心配すると気遣ってくれている。若い人たちに心配をかけたくなくて『元気だよ』と言っていると」

 

 三姉妹の次女の太田さんは姉妹にも声をかけ、三人で月一回、「家族新聞」を発行し祖父母に届けることにした。A4の紙にちょっとした近況や写真を添えて。今もそれは続けている。

 

80歳、90歳、100歳の方々のお話に耳を傾け、その人生を追体験させていただきました。そして『人生は有限である』と肌身で感じ、生き方そのものがその人の最期に反映されると知りました。稀有な経験だと思います」

 

―WHOー

 公衆衛生活動は、様々なレベルで行われる。地区、市区町村、都道府県、国、世界と広がり、もっとも大きな「世界」という単位を担っているのが世界保健機構(WHO)だ。

 

 「自分には無縁と思っていたWHOですが、大学院の時に先生が『あなたならできる。チャレンジしても失うものは何もないのだから挑戦しなさい』と勇気づけてくれたのです。私は、彼女のことをメンターとして尊敬しています」

 

 師は励ますだけではなく、受験のためのテクニックや国際人としてのふるまいについても具体的に指導してくれた。太田さんはWHOのインターンに見事に選ばれ、世界に六ケ所あるWHOの地域事務所の中でインドのデリーで研修を受けることになった。研修を受けるためには保健師の仕事も辞めなくてはいけなく、友人たちからは「もったいない」とも言われたが、太田さんは一歩を踏み出した。

 

 太田さんはデリーで仲間と共にプロジェクトを進めながら、「日本の常識は世界の非常識」と痛感したと言う。

 

 「日本では24時間明るく、ネットはいつでもつながり、本はいつでも手に入り、自分にやる気さえあれば24時間いつでも勉強できます」 デリーでは違った。突然の停電は当たり前。ネットもいつ繋がらなくなるか分からない。

 

そしてそんな中、暴動による突然の「非常事態宣言」。街には土嚢が積まれ、ピストルで威嚇され、戦車が溢れている。6人以上で連れ立って出歩くと「集会禁止令」によって逮捕されるよ、と大家さんにも注意された。

 

 だが、バングラディッシュやインドネシアから来ていた仲間たちは、どんなことにも動じない。停電など当たり前のことだし、「非常事態宣言」にも、「そんな時もある」と平然。

 

「私には測り知れない困難を乗り越えてきた彼らは、私とは比べ物にならないほどタフで、私は、改めて自分がどんなに恵まれた環境の中で生きてきたのかと痛感したのです」

 WHOで共に学んだ仲間たちと

―学ぶー

 現在は大学の教員として、研究方法論、統計学、英語を教えながら自分自身の研究も進めている。

 

 一人一人の高齢者には、いくつもの病院、薬局、介護施設が関わっているが、その情報の集積は意外なほどにまだ進んでいない。ネット上にプラットホームを作り、各施設がそこに情報を集め、関係者のだれもが情報を共有できるようにするためのシステム作りの必要性は、保健師をしていたからこそよく分かる。また、介護ケアのレセプト情報の分析から、次世代の介護医療政策に反映すべきものも見つけ出したい。

 

 長田時代、茶華道部に所属していた太田さんは、「茶会に臨むときは、一生に一度の出会いであることを心得て、誠意をもって人に接するように」と教わった。

 「その時から『今』や『この瞬間』に意識を向けて、二度と巡って来ない一度きりの『今』を大切にするようになりました」と太田さん。

 

 保健師時代に接した多くの高齢者から、深く学ぶことができたのも、その「一期一会」に真剣に向き合えたから。

 

 「身近な人と、どれだけ触れ合う時間を持てたか」が人生の最期の時を彩ると、「一期一会」の中から学んだと考えている太田さんだ。(取材・写真・文 田中直美)

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編集後記

 記者ぐらいの年齢になると、自身の親の老い・看取りを通じて「老いる」ということを実感するようになります。でも太田さんが、この若さでそれを心の奥深いところで感じ取り、そして実際の自分の生活にも反映していることに深い感動を覚えました。また、何かと揶揄されることの多い介護保険制度ですが、これが世界的に見たら、現在、どれほど恵まれた優れた制度であるのかということにも気付かせてもらいました。太田さんの研究が、日本の介護制度を更に改善していけるよう強く願ったことです。

 

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| comments(2)|
太田 (2017/08/25 9:46 AM)
身にあまるお言葉、ありがとうございます。
藤野 卓而 (2017/08/22 7:02 PM)
地域の宝、国の宝を感じます。









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