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「Face To Face」NO.56「NEXT ONE」

 高38回生 金盛正樹(かなもりまさき)

 塩屋中学卒

 サッカー部

 

 千葉大学工学部画像工学科

 

 鉄道写真家

 

 コアな鉄ちゃんなら「金盛正樹」さんの名前を知っている人も多いだろう。「鉄道写真家」として、鉄道専門誌やカメラ誌、一般誌の鉄道企画などに写真を発表している金盛さんにお話を伺いました。

 

―サッカーと鉄道ー

 幼い頃は、厳しい母に叱られると「しゅんとしてしまう」、そんな内気で引っ込み思案な少年だった。そんな自分が負けん気の強い少年に変化したのは、小学校時代にサッカーを始めてからだと金盛さんは思う。

 

 「俺って、ひょっとしたら運動得意なんかも。やれるやん!って自信がついてきたんですね」

 

 サッカーを始めた頃には、すでに汽車・電車も大好きだった。いったい何にそんなに惹かれたのか、今でもよくわからない。中学では鉄道模型好きだった友人と意気投合。彼が写真も趣味にしていたことから、金盛さんもお父さんのカメラを借りて写真を撮りだした。

 

 こうして、サッカーと鉄道の青春時代が始まった。

 

―ライバルー

 「負けず嫌いだと強く感じたのは長田時代ですね」。体調がすぐれない日の周回走。今日は少しゆっくりのペースで走ろうと思っていても、誰かに抜かれるとカチンとスイッチが入って一番になりたくてがんばってしまう。

 

 サッカー部ではキャプテンを務めたが、チームメイトの中に一人、「こいつには絶対かなわない」と密かに思うI君がいた。

 

 「とにかく、上手さは頭抜けていました。当時から『世界のサッカー』を視野に入れていました。まだまだ『根性練習』が主流の時代に、理論的な練習を取り入れようとしていた。海外サッカーの試合を録画し、何度も何度も見ては分析する。あまりに頭抜けていて、周りも彼のレベルを理解できない。キャプテンをしていた自分としては『チームをまとめきれていない』と感じており、現役時代は彼と心から打ち解けることはできませんでした」

 

―写真の道へー

 サッカーではトップにはなれないと考えた金盛さんは、大学進学では次のステップとして「写真」を選ぶことにした。アラーキーを輩出した千葉大学の工学部画像工学科で化学・物理の側面から写真の基礎知識を勉強しなおした。卒業後は撮影プロダクションに就職。主に広告写真の仕事をチーム単位で請負うシステムの会社で、プロのカメラマンを目指す生活がスタートする。まだまだフィルム写真の時代だった。

 

 「別のチームに、僕に目をかけ可愛がってくれた先輩がいました。その先輩が、今まで撮りためた写真を営業ツールとしてプレゼン用にまとめてみたら、とアドバイスしてくれたのです。これが人生の大きな転機となりました」

 

 得意だった鉄道写真。仕事の合間に個人的にこつこつ撮影していたものをまとめ、キヤノンギャラリーに応募した。キヤノンギャラリーの個展は公募制で審査がある。審査にパスしてここで個展を開催できることは、カメラマンにとってのステイタスであった。

 

 平成7年。初めての個展「風を求めて」を銀座と札幌のキヤノンギャラリーで開催。

 

 「実は銀座での個展開催第一日目は、あの、地下鉄サリン事件が勃発した日だったのです。銀座は騒然としていました。ヘリ、消防車、救急車がひっきりなしに通る。キヤノンギャラリーには、出勤途上の報道カメラマンがカメラを借りに飛び込んできました」

 

 そんなハプニングもあったが、個展は成功を納めた。鉄道模型の写真をはじめとして、鉄道写真のオファーが徐々に入るようになり、翌年、フリーランスとして独立した。

 

「風を求めて」 

暁の彗星(寝台特急「彗星」)

 

―ライバルから親友へー

 カメラマンとして、コツコツと実績を積み上げていった金盛さん。長田時代、ライバルとして最後まで分かりあえなかったI君とは、いつの間にか親友になっていた。

 

 「人間は才能で生きて行くべき、との持論を持っていた彼でしたが、少しずつステップアップしながら写真をやり続ける努力型の僕を認めてくれるようになったのです」

 

 天性の臭覚を駆使し、数々の企業オーナーとして活躍するI君。今では、お互いの社会的立場は抜きにして、いつでも本音で語り合える得難い親友だ。

 

―鉄道写真ー

 平成13年には、キヤノンギャラリーと並ぶ公募ギャラリーの雄、銀座の富士フォトサロンで、個展「雪路線の詩(ゆきみちのうた)」を開催。長野と新潟を結ぶ豪雪路線・飯山線に魅せられた金盛さん。6年間通って撮りためた、日本の原風景を連想させる山里と鉄道の写真だ。

 

 

 

 

「雪路線の詩(ゆきみちのうた)」   

家路×鉄路 

 

 そして今年の八月、再びキヤノンギャラリーでNゲージ鉄道模型を被写体にした本邦初の写真展「1/150の鉄道世界」を開催した。

 

 広告写真に比べて鉄道写真のギャラは安い。それでも、オファーの日程が重なれば、必ず鉄道写真の仕事を優先してきた金盛さんだ。

 

 

 
 

 1/150の鉄道世界」

  東海道本線の機関区(蒸気機関車全盛期)

 

 「うまい」と言われるより、「金盛さんらしいね」「記憶に残るね」「なんか気になるね」と言われるような写真家になりたい。「一番気に入っている作品は?」と問われたら「NEXT ONE 次の作品」と答えられるようになりたい。そう考えている金盛さんだ。

201612月取材・写真・文 田中直美 )

 

編集後記 

 記者も個展「1/150の鉄道世界」に伺いました。多くの鉄道ファンの方が訪れていましたが、どの人にも目配りして丁寧ににこやかに質問に答える姿が印象的でした。

 家族は大学時代の同級生だった奥様とお子さんが三人。三人目に授かった初めての女の子にはついつい甘く、𠮟方が「お兄ちゃんたちとは全然違う。ダブルスタンダードじゃない?」と奥様に注意されるとのこと(笑)でした。

 

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