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「Face To Face」NO.54「人生の目的をさがして」

 高29回生 水草修治

 飛松中学卒

 

 筑波大学 文学部卒

 東京基督神学校卒

 

 苫小牧福音教会牧師 

 

―モリアオガエルと国文学ー

 須磨の禅昌寺の池に、モリアオガエルというカエルがいた。水草さんは中学2年生の春、モリアオガエルのオレンジ色の瞳に魅せられてしまう。高校三年の夏までずっと「ぼくの青春はモリアオガエルだ」と思い過ごしていた。

 

産卵期の6月、深夜の池に行くとモリアオガエルのコオロギのような鳴き声がする。木の枝の上には、白い泡のような卵塊が産み付けられていた。二十日ほどすると卵塊の底に一つの穴が開き、そこから一匹ずつ池におたまじゃくしが落ちてくる。

 

 中学時代の友人と一緒に、モリアオガエルを観察し、大干ばつで池が干上がった年には、おたまじゃくしが小さなカエルになるまで育てて山に返したりしていた。

 

 水草さんがもう一つ打ち込んだのが国文学だ。将来はそれで食べていこうと決めていた。古典の授業を熱心に受け、おもな作品は高校時代に通読した。「父が平家物語を諳んじていたとか、小学生時代に過ごしたのが須磨寺町だったとかいうことが、私が国文学に興味を持った背景かもしれません。高校では、人生を考える科目が国語しかなかった、ということも理由の一つですね」

 

 気になる女の子もいたが、恋と受験とモリアオガエルの全てをかなえるのは無理と考え、「周回走でひーひーいいながら」、勉強とモリアオガエルに打ち込む高校生活だった。

 

―塩狩峠ー

 高校三年の夏休みは、受験勉強のために大倉山図書館に通っていた。ある日、図書館の隣の文化ホールで、二人の友人といっしょに映画「塩狩峠」を見た。

 

印象に残った二つの場面があった。一つは、キリスト教の伝道者が、旭川の雪が降りしきる街の中、十字架上のイエスの祈りを紹介していた場面だ。「イエスは自分を十字架にかけた人々のために『父よ。彼らを赦してください。彼らは自分で何をしているのかわからないのですから』と祈ったのです」

 

もう一つは、主人公である鉄道員の永野信夫が、峠を逆走し始めた客車を止めるために線路に自分の身を投げた場面だ。「自分はあんなことができるだろうか。ほんとうの愛とはああいうことなのだろうか」。石畳の坂道をくだりながら、映画を一緒に見た二人の友人と語り合った。

 

―灰色の世界―

 その年の秋のある日のことだ。夕刻に図書館から帰宅した水草さんは、祖母の亡骸の発見者になってしまった。自殺だった。少しわがままなところがあったとはいえ、幼い頃からいっしょに暮らしてきた祖母だった。半年前の冬に風邪をこじらせ寝込んだことがきっかけで、老人性の鬱になってしまっていた祖母。そんな祖母を、水草さんのお母さんが一生懸命に世話をしていた。しかし、祖母は、自分で自分の命を断ってしまったのだった。

 

「玄関の階段で祖母が縊死していました。その亡骸に向かって、『なんで、こんな死に方をするんだ。あとの者の迷惑ではないか』という言葉を、祖母に心の中で投げつけてしまっていたのです。警察に電話をして、許可を得て祖母を抱き降ろしました。まだ温かい体は私の腕にあまりに軽く、そのとき初めて『おばあちゃん、かわいそうなことをした』という思いになりました。葬儀では事情を知る親戚が『17歳といっても男だねえ』と、冷静に対処した私をほめてくれていましたが、私自身は、『自分は義務感や意志は強いかもしれないが、人間として最も大事なものが欠けている』と感じていたのです。それは愛でした」

 

祖母の死後は、周りの世界がすべて、灰色の砂漠のように感じられた。「人はなんのために生きているのだろう?単なる利己的満足のためなのだろうか。だとしたら、なんと虚しいことだろう」

 

そのような時、思い出されたのが、あの「塩狩峠」の中で、伝道者が紹介していたイエスの言葉だった。「父よ。彼らを赦してください。彼らは何をしているのか、わからないのですから」

 

翌年浪人した水草さんは、ある日、クリスチャンだった長田の元同級生と、模試で一緒になった。試験から帰る道すがら、彼女にキリスト教に関する疑問をぶつけた水草さん。「私では質問にうまく答えられへんから、一度、私が通っている教会の牧師さんに質問を直接したらええわ」と言われたのが、初めて牧師と話すきっかけとなった。

 

10個ほどの質問を準備していった水草さん。「教会の魔女狩りの罪についてはどう考えていらっしゃいますか?」という水草さんの質問に、「神を信じていると言いながら大きな罪を犯してしまった私たちは、神にざんげするほかありません。」と牧師が答えたことと、「私の人生の目的は神の栄光をあらわすことです」と語ったことが印象に残っていると言う。

 

―感動の日々ー

 一浪して筑波大学で国文学を学び始めた水草さんは、筑波でも教会に通い、将来は牧師になると決めた。そして将来の神学の学びの備えとして哲学の学びに転じた。大学を卒業後、国立にあった神学校に進学・卒業。牧師となった。

 

 練馬の教会に九年、長野県小海町での開拓伝道(教会のないところに教会をスタートさせる)を二十二年。そしてこの春、北海道の苫小牧福音教会に転任した。

 

 牧師になってからの日々も、決して一本道ではない。何度も悩み、分かったと感動し、そしてまた悩み、いつも何か新しい命題を考えている。でも、そんな日々は感動の連続だ。新しい発見の喜びがあり、信者さんたちからも、想像もしていなかったような驚きや感動を与えられ続けている。

 

町から苫小牧に転居して半年。苫小牧での初めての冬の雪が、もうすぐやってくる。2016年10月 取材・写真・文 田中直美

 

編集後記 苫小牧にこの春単身赴任した長田OB28回生のNさんが、苫小牧の温泉で、偶然湯船で水草さんと話したのが今回のインタビューのきっかけでした。日本全国、世界各地、OBの方々が一生懸命に生きている姿と出会えるのは、私自身も感動です。http://d.hatena.ne.jp/koumichristchurch/20160504/p2  Nさんと水草さんの、出会いの日の水草牧師のブログです。

 

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| comments(4)|
田中直美 (2016/10/29 8:58 PM)
水草さま 苫小牧まで行ったかいがありました。冬の苫小牧、寒さが格別と、先日Nくんからも連絡がありました。雪の苫小牧に灯る教会のロウソクが目に浮かぶようです。心温まるクリスマスですね。
水草修治 (2016/10/29 3:13 PM)
田中直美さん
はるばる東京からお訪ねくださりありがとうございました。
苫小牧は、冷たい北風の季節になり、タイヤも冬タイヤに交換しました。教会はクリスマスにむかって準備を始めます。そうそう、先日、小川を遡上する鮭の群れを見に行きましたよ。
田中直美 (2016/10/18 8:19 PM)
はせがわたかし様。コメントありがとうございます。「生きる道」を探し続けておられる水草さんは、どなたにも優しい笑顔。でも、人一倍の勉強をされていました。
はせがわたかし (2016/10/18 6:30 PM)
感動しました。
日頃から編集に携わっておられる方々にも心から感謝しています。
ありがとうございます。









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