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「Face To Face」NO.47「人生は気楽が一番!」
 高19回生 石田幸司
 高取台中学卒

 長崎県立大学 経済学科

 USA Borg-Warner
 (メカニカルシール営業担当)

 神戸市シルバーカレッジ

―お茶・映画・地図帳ー
 石田さんは「人生は気楽が一番!」と断言する。勉強も仕事もさほどシャカリキになったことはない。60歳で定年を迎えて6年が経過。サラリーマン時代のことも率直に語って下さった。
 
「え〜、そんなこと書いてもいいんですか??」「ええよ、ええよ」といたってお気楽モード。 そんな石田さんをキッチンからそっと心配そうに見守る奥様。やんちゃな息子を心配するお母さんのように見えたのは気のせいでしょうか?
 
 「長田時代は、何してたかよう覚えとらんなあ。女の子をお茶や映画に誘とったのと、地理の授業でもらった地図帳をずっと眺めとったのは覚えとる。世界を自分の目で見てみたいなあといつも思とった」。
 
―酒とタヌキ―
 自分自身の人間性の基本が培われたのは大学時代だと言う。ワンダーフォーゲル部に所属し、リュックをしょって九州の山々を駆け巡った。六畳二食付きで月1万2000円が当時の相場。街中に住んだり、田舎に移ったり、四度ほど下宿も変えたが、どこも人情深い人々ばかり。夜ごと酒を飲んでは、どんちゃん騒ぎだった。
 
 街中に出てきたタヌキをいとめ、それを髭そり用カミソリできれいにさばいてしまった友人。一緒に、タヌキ鍋を囲んだなあ。ぶちこむ野菜も近くで摘んできた。たまたま遊びに来ていた長田時代の友人が目をまんまるにしてたっけ。肉は筋張ってうまくなかったな。
 
―海外旅行と仕事の両立!?−
 就職したのは伝導機械メーカー。アメリカとの合弁会社で「合弁会社なら海外にいけるかも」と「いたって単純な動機」で決めた。系列会社にお勤めのお嬢さんが今の奥様。長田時代に鍛えた「お茶のみ」の技術を生かして?26歳で結婚。その年に出張で行った戒厳令下の韓国が、初の海外体験だった。
 
 「モンゴル系だから日本人と同じような顔をしているのにやっぱり全然違う。戒厳令下だったから夜も真っ暗。なのに朝になると、戒厳令の夜をホテルの相部屋で過ごした韓国の人々が湧くように部屋から出てくる。何もかもがカルチュアーショックだったね」
 
 一連の韓国出張で嫌というほど思い知らされたのが英語の大切さ。いくら韓国語の通訳を使って日本語で商談してもちっともうまくいかない。それが英語を使って韓国語に通訳してもらうとうんとスムーズにことが運ぶ。もともと商品がアメリカ製だったせいもあるが、日本語を使うと「上から目線に立っている」と韓国では相手に感じさせてしまうようだった。今、石田さんが若い世代に勧めたいのは、大学を一年休学して、比較的安全なオセアニアの国でのワーキングホリデー。生きた英語を身につける最短路だと云う。
 
 30歳からは石油・石油化学のプロジェクトを追いかけて、韓国、台湾、タイ、シンガポール、マレーシア、インドネシアとかけまわる。40歳を過ぎてからは、アメリカ、カナダ、ドイツと、その範囲は欧米にも広がった。
 
 その間、石田さんが仕事と「両立」させていたのが世界旅行だ。火曜日から木曜日までは仕事。週末は周辺を世界遺産巡り。そして月曜日に帰国し、そのまま出社する。
 
「それが出来たのは、『月曜日の早朝到着便は料金が安い』という公明正大な言い訳があったからなんや」と石田さん。時には奥さんも日本から呼び寄せて、仕事の移動ついでにアメリカ縦断のドライブ旅行。この頃から「100世界遺産を巡る旅」が一つのライフワークとなった。「この世に生を受けた以上、地球の全てをこの目で見てみたい!」。
 
 もちろん会社のノルマはきっちり果たした。「でもこれも一緒に回っていたドイツ人の技術者が真面目で、すごく立派なプレゼン用資料を準備してくれたからな。我が人生は他力本願なり!」と、どこまでも底抜けに明るい。
 
 40代半ばからは、飲み会、忘年会、送別会、社内旅行、ゴルフ、全て不参加。理由は二つ。お小遣いを全て世界見聞に当てるため。もう一つがふるってる。「お酒に酔って、ついつい自分の海外旅行の方法(出張を利用)を自慢してしまいそうになる危険を避けるため」

ー引退後だって気楽が一番!− 
 55歳の時に「そろそろ仕事も飽きてきたし」と60歳退職を決意。引退をみすえて貯蓄にはげむ。退職と同時に神戸市シルバーカレッジに入学。60の手習いでハワイアンクラブに入り、現在も、年間20数回のバンド演奏とフラダンスのボランティア出演をこなす。

 今は、孫達を夏休みに須磨海岸へ海水浴に連れて行き、帰りに新開地で「串カツ」を並んで立ち食いすることが夫婦の何よりの楽しみとのこと。世界中を旅して気付いた。神戸は世界の中でも比類なく魅力にあふれる街だと。その「旅人」は、今も現役で、この4月には、南部アフリカ(南アフリカ、ジンバブエ、ボツワナ)を回るそうだ。
 
 「努力・まじめ・熱い」OBが多数を占める長田卒業生の中では異色のモットー。「気楽が一番」。
 
 あっぱれ!かっぽれ!「旅がカスガイ」のご夫婦、これからもお達者で!(^−^)


 ハワイアンではベースを担当
 一番右が石田さん

 「旅は人生の縮図。みなさん夫婦の旅も、楽しんでますか?」石田
 

 19回生のHPで「100世界遺産の旅」も掲載中
http://www.geocities.jp/nagata19tyo/
「ぜひ、19回生のHPから入ってください。『この人に拍手』をクリック」石田。

 (2016年3月 取材・写真・文 田中直美)
 
 
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| comments(6)|
田中 直美 (2018/01/04 9:36 AM)
石田さま。
明けましておめでとうございます。
石田様の「世界へGO」の旅はまだまだ続いているのですね。
「ベストシーズン」の旅。納得です。その土地の一番素敵な時間を味わってきてくださいね。
 私も今年の10月には夫が完全退職となる予定なので、そうすれば、べストシーズでの旅が可能になるねと楽しみにしているところです。
「神戸が故郷」と言うと、たいていの方は「いいとことですね!」とおっしゃってくださいます。だれにとっても故郷は最高の土地であってほしいもの。若い人たちの力にも期待しています。本年もよろしくお願いいたします。

19回生 石田幸司 (2018/01/04 7:04 AM)
田中直美さま、
2018年、明けましておめでとうございます。
我々19回生は、2018年度に古希を迎えます。それでと云うわけではありませんが、「神戸市胃内視鏡検査(胃カメラ)」が、70才以上無料になりました。50〜69才の方々は、2000円です。その神戸市は、「地域ブランド調査2017」で、魅力的な都市ランキング、全国7位に選ばれました。全国1位の京都に継いで、関西2番目です。さて、田中さんも「世界へGO!」されていると思いますが、私の中南米の旅は、各地のベストシーズンを串刺にした結果、この2月3日の出発です。後日、その、お気楽道中記も19回生ホームページの「100世界遺産の旅」に挿入いたします。神戸も、地球も、素晴らしい! は、初春の想いです。

石田幸司 (2016/03/30 6:17 AM)
浜田さま、そうです。捕えたタヌキの鍋パーティーは、45年前です。すぐに噂が広がり往生しました。我々は、お寺の納屋と隣接の家に下宿していました。お寺の奥さんによると、そのタヌキは、檀家の家で飼われていたタヌキで、その夜から帰ってこないとお寺に相談があったそうです。お寺の奥さんが、顛末を腹に収めてくれたおかげで(タヌキは、既に我々の腹に)、無事にホトボリが冷めた次第です。そのタヌキ解体のワンゲル軍団と、この10月に長崎市でOB会です。当時、客人だった浜田さんの事を報告しておきます。家人と九州中部を回った後、世界遺産がある長崎市に入ります。また、肉は不味くても、話が美味い青春のタヌキ談を、長田の連中を呼んで、一杯飲みながらやりましょう。南無阿弥陀仏…。短信にお礼まで。
浜田哲夫 (2016/03/29 1:12 PM)
 佐世保のたぬき鍋、思い出しました。あれは私が大学5年生の時、45年前かな?石田君の下宿(というよりもワンゲル部の合宿所みたいな宿)に滞在して、毎晩安酒を飲み歩いていた時のこと。夜、石田君ともう一人のワンゲル部幹部(X君)と三人で酔っ払って下宿に帰る暗い道。目の前を犬?が横切ったのです。下駄履きのX君がそれを蹴っ飛ばしたら、キャーンと鳴いてグッタリ(鳴き声で犬と思い込んだ)。酔った勢いとはいえ可哀想なことをしてしまったなと、弔うつもりで持ち帰り、翌日の遅い朝。下宿のワンゲル部員鳩首協議して、どうもこれは犬ではないな、たぬきだな、たぬきなら鍋にして食べよう。夕方から一年生部員が調理を命じられ、解体の様子を見て食べたくない部員も供養だから全員で食べるのだという石田君の命令で、完食したという経緯です。肉は確かに不味かった。やはり一週間くらいおかないと肉が固いんだと、食べた後に地元の人に聞いて、それは惜しいことをしたなと言ったのは石田君だったのか?他の人だったのか?…懐かしい青春の一コマですね。
石田幸司 (2016/03/28 5:05 PM)
喜好さま、貴学生時代の「ヒッチハイク放浪の旅」や、長年の「ブラジル、USA駐在」に、少なからず影響を受けました。40歳ごろ、家族共々、ロスでお世話になった事を昨日の様に思い出します。その子供たちも独立し、お互い、残りの時間を愛妻と気楽にいきましょう。有難う。
喜好勝美 (2016/03/27 11:48 PM)
君の大学にお邪魔しましたね。下宿の近くでモーモーと鳴いていましたね、牛蛙が。定年の数年前からカウント・ダウンしていましたね。羨ましかったですね、本当に退職して旅行三昧ですからね。









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