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Face To Face NO.37「妥協しない。信ずるところを貫く」
 高23回生 瀧和男
 数学部 
 
 神戸大学大学院修士課程システム工学専攻修了

 平成25年12月より
 神戸大学学術研究推進本部教授




 

―会場案内ロボットー
 二階の家庭科教室でマイクを握っていた瀧さん。窓から校舎入り口を見下ろすと、そこには段ボールで作った会場案内ロボットが見える。「自分の声をロボットボイスに変える機械を作って、それを無線でロボットに送りました」。質問に答えるロボットに驚く来場者たち。長田高校文化祭での一コマだ。

 

 この、科学大好き少年は、その後、コンピューターハードの開発、ソフトの開発、ベンチャー企業の経営者を経て、今は大学の経営改革に携わっている。「根っこのところで、『何かを生み出すことへの執念』があるようです」と語る瀧和男さんにお話を伺った。
 

―情報処理技術遺産―
 長田の数学部を電子計算機クラブのようにしてしまった瀧さんは、大学では「人工知能」向き新型コンピューターの開発の研究に打ち込んだ。人工知能は、iPhoneに搭載されたsiriや将棋対戦プログラムなどで、近年身近にも感じられるようになっているが、当時の汎用コンピューターでは計算速度が遅くて使い物にならなかった。

  瀧さんが開発した新型コンピューターは「情報処理技術遺産」(日本のコンピューター技術発達史上の重要なものを認定する制度)に登録され、今も現物が神戸大学構内に展示されている。

 神戸大学構内に展示されているFIRST LISP  













―国家プロジェクトー
 大学院卒業後、日立製作所に入社。自分の引いた設計図をかつぎ、広い工場の中を走り回った。鉄工所の制御コンピューター、新幹線の運行用コンピューターなどの大型システムを開発する工場だった。「私は基盤回路の設計を担当。不具合の修正に、あちらこちらと頭を下げてまわりながら製品の完成にこぎつけました。この期間、研究はしていませんが、物がどうやってできてお客さんにどう届けられるのか、いろいろ勉強になりました」。

 

 3年の会社員生活の後、「第五世代コンピュータープロジェクト」と名付けられた、10年間の国家プロジェクトに研究員として招かれる。
 

 バブル直前の最後の国家プロジェクトには570億円の資金が投入され、「IBMを超えるコンピューターを作れ!」との国家至上命令が下された。日本の大手コンピューター会社、家電企業からも多数の研究員が参加。その後、このプロジェクトからは大学の先生が100人以上出たという。
 

 研究内容の第一は、当時LISP(関数型コンピューター言語)が人工知能においては主流だったのを、論理型の言語を使って、基本から再構築するということ。第二には、それまで時系列に従って一次元的に処理されていた逐次型コンピューターから、複数のコンピュターで同時に多方面から処理する並列型にチャレンジするということだった。
 

 1983年、プロジェクト結成からわずか一年で、論理型言語で稼働するコンピューターを完成。あまりの早さに「前からあったのか?」と言われたほどだった。
 

 デモ用に、ヤマハのシンセサイザーを使い、メロディーからルールにのっとって和音作るというソフトも開発。それまでハードウエアの開発一筋だった瀧さんが、ソフトウエアの開発にも着手したのがこの時だ。
 

 1986年からは、並列型計算機への準備段階として、まずは逐次型(順番に計算する従来型コンピューター)6台をネットワークで接続。6台をつなぐソフトウエアに論理型言語を使った。
 

 1988年の国際会議では、開発に成功した並列型コンピューターを64台つなげた。瀧さんは、デモ用プログラムとして、ICチップ内の配線構造を最短最適にするための計算ソフトを開発。
 

 1992年、プロジェクト10年目の国際会議に向け、500台(後に1000台)をつなげた。基本ソフト(0S)が論理型言語でかかれた、世界で一番大きな並列型コンピューターに、同じく論理型言語でかかれたソフト(囲碁プログラム、自然言語プログラム、IC配線設計プログラム)が載せられた。現在のスーパーコンピューター京にもその技術の一部が使われている高性能コンピューターだ。
 

―研究者から経営者へー
 プロジェクトは終了し、瀧さんは神戸大学教授として着任。ここで、教職を務めると同時にICチップの設計にも取り組む。「ここで、また新天地に飛び込みました」

 

 当時、倍々で性能をあげていたICチップ。近い将来、チップ内での消費電力が上がりすぎて、放熱で中の配線が溶けてしまうことは自明の理だった。瀧さんはICチップ上の個々の部品の消費電力を下げると同時に、チップ内の配線を短くすることに尽力。ついに、当時のメーカー製品の半分の消費電力で作動するICチップの開発に成功する。
 

 2000年頃までは、大学の先生が起業するにはいろいろ制約があったため、特許をためておくためだけの会社を1995年に設立。2000年に、ICチップを設計するベンチャー企業をたちあげ、後に社長業を10年務めた。「この10年間は、研究者というよりは経営者でした」。
 

―大学の経営改革―
 会社を後継者に任せた現在は、再び大学に戻り、大学の経営改革に取り組んでいる。

 

「総合大学ならではの強みを生かし、今までだれも実践してこなかった、分野をまたがった研究をリードしようとしています。ここには宝の山が眠っているはずです」。たとえば、微生物に有用な油を作らせるのであれば、微生物の改良には生物学、培養装置を作る工学、分離精製するための化学、等々が連携する。
 

 ふりかえれば、国家の10年プロジェクトで、ソフトの開発に関わったことが大きな転機だったと言う。「それまではハードの開発のみだったので、全く新しい分野に飛び込んだ訳です。これ以降、新天地に飛び込むことが苦にならなくなり、研究テーマの幅が大きく広がりました」
 

―これからー
 「まずは、大学改革を一段落したと思えるところまでやること。その後は、電子工学の世界に戻るか、田舎で畑をやるか、もっと違う道もあるか。いずれにせよ、理想は死ぬ前日まで、何か打ち込めることをやっていることかな」

 

 自宅から歩いて30分のところにあるスーパー銭湯へ行き、温泉から帰ってワインをあけ、座イスにもたれてテレビを見るのが、プライベートな時間では最高に幸せとか。奥さんの酒量が下がってきたのがちょっと不幸せ・・、な瀧さんでした。(取材・写真・文 田中直美 2015年6月)

 

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| comments(2)|
奥井(高40回生) (2015/06/21 5:37 AM)
先にコメントされた高山さんには今回の総会で素敵な手品を披露して頂きました。また、鉄道模型の近藤さん(瀧先生のご同期)が文化祭で開通式のテープカットを頼んだのも数学部の1年生だとか(会場配布資料に写ってます)。面白い繋がりがあるものですね(^ ^)
高山孝夫(高22回生) (2015/06/15 9:07 AM)
私は瀧君の数学部(電算部?)1年先輩になるものの、実績・現況があまりに凄くて瀧先生という感じです。時折、以前は瀧先生の同期から、最近はネット情報でご活躍の様子を拝見していました。

数学部で実質1年余り共に過ごしたことが社会人になってからの、公認会計士の資格を取ったものの
コンピュータ関係の仕事に携わることになったことで、今の私に大きな影響を与えていただきました。
今はもうすっかり一般世間では聞かないけど当時は、ハードウエアのことを金物と無理やり日本語訳していた頃。ソフトもやわ物と言ってたかな。

一番記憶に残っていることは、瀧先生が数学部顧問の先生を説得してだったんでしょうね
昭和43年の夏休みに甲南大学の電子計算機センターに部員全員で見学に行ったことです。
今では考えられないくらいの大きな装置(メートル単位の大きな金属製の箱)がいくつも並んでいて、
その上部に小さな赤いランプがずらっと並んでいて、それらが電算処理に応じて激しく点滅していたことです。
当時、そういうコンピュータ現物を見た高校生は我々くらいだったのかとも思っています。

長田高校の現役生にもIT世界の実際を触れてもらう機会を提供されているようで、第2の瀧先生が出てくることを期待しています。









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